研究科長挨拶
ごあいさつ
大学院国際芸術創造研究科(GA)の修士課程が2016年に設立されてから10年が経ちました。今年はその設立10周年をお祝いするプロジェクトもいくつか準備しています。
設立にあたって中心的な役割を果たされた熊倉純子先生が昨年度末退任されました。あらためて熊倉先生に感謝と労い(ねぎらい)の意を表するとともに、後任として着任された長津結一郎先生を歓迎したいと思います。キュレーション領域で演劇・パフォーミングアーツ、ドラマトゥルクを専門とされている長島確先生が、この4月より教授に昇任されたこともお祝いいたします。アートマネジメント領域の箕口一美先生、キュレーション領域の住友文彦先生、鷲田めるろ先生、そしてリサーチ領域の清水知子先生が、引き続きGAの教育に関わっていただけることを嬉しく存じます。
GAには、国内外から個性的な学生が集まり、アート・マネジメント、キュレーション、そして、リサーチのそれぞれの領域で、芸術や文化、メディアや教育に関わる人材を輩出してきました。2018年に博士課程を設置してからは、さらに専門性の高い人材を育成し、修了生は次世代を担う研究者、実践者として国内外で活躍しています。
またGAは教育だけではなく、グローバル化するアートや文化の実践的なプロジェクト、地域に根ざしたアート・プロジェクト、そして新しい時代に対応した理論研究や調査など実践的な研究プロジェクトも大きな成果を挙げてきました。
その一方で21世紀が始まってから四半世紀が経ち、私たちの世界の状況は大きく変わりつつあります。
2016年設立当初には、研究科の名前である「国際芸術Global Arts」という言葉は、一定の批判はあったものの、全体としては肯定的で楽観的な意味合いを含んでいました。それは、1989年のベルリンの壁の崩壊をきっかけとした東西冷戦構造の崩壊後の新しいグローバリゼーションの時代の到来に対応していたのです。そこでは国境を超えたトランスナショナルな人、モノ、カネ、あるいは文化や芸術の移動が加速度的な進む新しい未来が期待されていました。インターネットを代表されるデジタル・メディア・テクノロジーの発達とグローバルな交通網の整備は、新しいグローバルな文化---グローバルなアーツを創造すると考えられたのです。
けれども、そうした楽観的なグローバル化の時代が終焉しつつあります。インターネットは統合ではなく分裂をもたらしました。インターネットは、フェイク・ニュース、ヘイトスピーチが溢れる一方で、冷酷な資本主義の原理によって支配されているかのようです。コロナ禍は、グローバル化の副作用を自覚させるのに十分な役割を果たしました。いまだに先行きの見えないイラン情勢、ウクライナやパレスチナに代表される紛争や戦争、ジェノサイドの拡大、世界中で広がる権威主義国家とミリタリズム、排外主義的な人種主義、原理主義、セクシズム、貧困問題、あるいは環境問題や自然災害の拡大は、近代的な民主主義を根幹から脅かしています。
この時代にアートは何か役に立つのでしょうか。軍事力とテクノロジー、そして対立が支配する世界において文化の役割とは何なのでしょうか。
ここで東アジアの文脈で思い出したいのは、「文」という概念です。日本語では「文化」や「文明」、あるいは「文系」や「人文」という熟語として用いられる「文」は、中国語由来の概念です。今あげた熟語の多くは明治の近代化以降に作られた概念ですが、その起源においては英語などのヨーロッパ語に翻訳不可能な概念を含んでいました。
「文」はもともと身体に彫られた刺青、「文身」を意味します。言語学者の白川静によれば、「文とは、ひとの創造した秩序や価値を指す」語だったのです。
それは端的に言えば「武」に対抗する語であり、武力に頼らずに文化や芸術、そしてそれを支える魔術的な力で人を統治する技術を示していました。それは、「武」と対になる語であり、今でも「文武両道」という言い方で(すっかり意味は変わっていますが)日本語の中にも残っています。
東アジアの古代文化圏において「文」の力は「武」の力とは別の体系をもち自律する力でした。今では世界が「武」の力によって覆われてしまっているように見えます。この時代に私たちは「文」の力をどのように取り戻すことができるのでしょうか。さまざまなバックグラウンドをもった人たちがGAには集まってきています。私たちも学生と一緒に考えたいと思います。宜しくお願いします。
大学院国際芸術創造研究科研究科長
毛利嘉孝
2026年4月2日